Mn(マンガン)

自分がそのときに思ったことを記録として書いています。

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こんにちは。

関東圏の某有名私立大学に通うしがない大学生です。大学入試を通過してしばらく大学生活を送った後、大学を休学し、現在は海外にある語学学校で英語を勉強しています。

5月になり、1年生も大学生活に慣れたころだと思います。Mnの所属するサークルにも新入生がたくさん入りました。日本にいないMnは、サークル内で公開される団員の自己紹介カードを、みんなに会えない寂しさとともに眺めていました。

わかりきってはいたことでしたが、今年の新団員も高学歴、帰国生、関東民ばかりです。地方出身で大学を機に上京したMnは、彼らの学歴欄を見ているだけで目を背けたくなります。

Mnは自分の人生が好きです。私立大学に通い、一人暮らしをし、留学をして、お金に困ったことはありません。これだけの経験をさせてくれるだけの財力を持った親がいて、高校生の弟と、国立大学に通う姉がいます。地元にいる中高の友達とは、帰省するたびにご飯を食べに行き、大学でもそれなりに友達ができました。優しくて、自分のことを好きだと言ってくれる恋人もいます。語学学校に通っているため、現地の人だけでは無く、世界中から来た人たちと親友と呼べるほど仲良くなれました。勉強はそれなりにできるし、大学1年生で一人暮らしを始めたので、生活力もこの歳にしてはあるはずです。やりたいことはなんでも叶えられた人生でした。

なのになぜたか、心にぽっかり穴が開いたみたいになることがあります。関東で大学生活を送る、そしてそこで就職しようとしているMnが一生感じ続けていくであろう劣等感。幸せな人生を送っているのに劣等感に苛まれてしまうことへの罪悪感。その罪悪感に任せて死んでしまおうとさえ思えないほどの無気力。


わたしにはなにがあるのでしょうか。


やりたいことも、行きたいところも、なりたい自分もたくさんあります。不幸なわけでもありません。学歴が全てだなんて、小指の先っぽほどさえ思っていません。わたしの出身大学をもってすれば、一流と言われる企業に就職できなくないです。だけど時々、考えます。上京なんてしなければ、こんな気持ちにならないまま、あの小さな田舎で、それなりに幸せな生活を送れたんだろうな。日本の首都圏で暮らす人々が、わたしの手からはこぼれ落ちてしまうほどの教養を幼少期から身につけて、幸福を幸福とも感じずに、エリートとして生きていくことなんて知らないまま、よぼよぼの老人になれたんだろうな。


この、わたしには背負いきれないほどの感情をどうにかする手段がないことは知っています。自分が青すぎるのかもしれません。それでもやっぱり、過去に胸を張れないまま、生きているのはつらいです。

長く拙い文章を、読んでいただきありがとうございました。